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劇団四季「ソング&ダンス 55ステップス」

新名古屋ミュージカル劇場にて、
ソング&ダンス 55ステップス」を観てきた。

「ソング&ダンス」には、既バージョンに<1>と<2>があるが、これは
55周年を記念した最新バージョン。
これまでの四季のミュージカル作品などをレビューでみせるもの。

こういうのは、その日のキャストでイメージが左右されると思うけど、
今日は阿久津さんがいて、華やかで若々しい感じだった。
レビューなので、すでに四季の舞台を観まくりの人には楽しいし、
また、これから観ていこうという新しいファン層の人にも嬉しいという、
1回で何回分も、おいしいどこ取りでみられる、お得な作品。

後半はさらに盛り上がり、「キャッツ」や「マンマ」のシーンでは、その1曲だけの
場面でも、全体の記憶がよみがってきて、思わずジーンと・・・・
やっぱ、いいよね~~と、感慨あらた。

歌はよいし、ダンスもキレがあり、言うことなし。
というわけで、今日はごく一般的な感想にて、おしまい(^^

あー、加藤さんのダンス、見たくなったなぁ。。。


本日のキャスト
<ヴォーカルパート>
阿久津陽一郎、村俊英、李涛
井上智恵、早水小夜子、花田えりか



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コバケン・スペシャルVol,16 モーツァルト

昨日、愛知県芸術劇場コンサートホールにて、
コバケン・スペシャルVol,16 マイ・フェイバリット・マスターピーシーズ4
日曜の夕、コバケンさんの振るモーツァルトってことで、超満員。
しかし、なんかファミリーコンサート的お客さんが多いなぁ…と思ったら、
岡崎高校合唱部とそのOBの岡崎合唱団が登場するので、その関係者、
ご家族、先輩・後輩、ご親戚、etc.の方々か、
・・・って、確かめたわけではないけど、でも、アタシがもしその家族だったら、
絶対行くもんね、垂れ幕持って(^^v

岡崎高校のコーラスってのは、ここらへんでは有名で、
日本の枠を超えて、世界レベルで活躍する実力(世界1位)なのだそうで、
さすがに素晴らしい。
昨日、何がよかったって、合唱がいちばんよかったもん。

1曲目、
交響曲第40番 ト単調 K.550
これはモーツァルトの交響曲の中でも、もっとも有名かなと思われる、
誰もが聞いたら「ああ、これね」と思う曲。
もの悲しげなフレーズが繰り返しアレンジされてリフレインする
はかなげで乙女チックな曲。

ですが、実は、私は、白状しますと、

モーツァルトが、さほど、好きではありません。
別に聞くのがイヤなわけではないけど、なんか、形式的っていうか、
うまくまとまってるっていうか、バランスよくて「お上手ね」ってイメージで、
私には、おもしろみに欠ける、物足りない、と言ったところです。

しかし、炎のコバケンが振れば、実直で誠実な名フィルがそれに応えれば、
また違った印象になるのかも、と思ったわけですが、
モーツァルトという天才の偉大なる作品が、そんな劇的に変わるわけはない。
バロック的味わいで展開されるフレーズがちょっとおもしろいけど、
ま、こんなもんですな、ということで終り。
ブラボーの声の飛び交う中、いつになく冷めた感動のわたくし(^^

2曲目、
レクイエム ニ短調 K.626

これは有名なモーツァルトの絶筆遺作で、未完成作品を弟子が加筆したもの。
映画は観てませんが、ミュージカルを観てるので、その記憶によれば、
雨の夜、ナゾの黒服の男がやってきて、「さるお方から、レクイエムの依頼です」
と注文する。
モーツァルトは、小さい頃から書きまくってきて、もう、いささか失速気味で、また、
「アイツ、ちょっと調子こいてんじゃないのー」の声状態にあってそれを請ける。
しかし、悩みの中にどっぷり凹んでしまったモーツァルト、妄想にかられ、
・・・あれは、死神だったんじゃないのか?
・・・ボクは、自分のためにレクイエムを書いて、そして死ぬ運命なんじゃないのか?
と心身ともに耗弱し、ホントにそのまま死んでしまう・・・って場面ですね。

さて、前置きが長くなりましたが、感想は、
「レクイエムを、1時間聴き続けるのは、長い」 
です。(^^;

あまりに合唱が素晴らしいので、私の魂も、もう癒されまくり、このまま天国に
行っても悔いはないです、みなさん、これまでありがとう ・・・って感じで、
意識が遠のき、昇天してしまいそうになりつつの、
高潔な、すばらしい合唱でした。
昨日の、メインは、合唱団、これにつきる(^^v


帰り、もっとなんか、ガツン!と来るのを欲する内なる声に抗えず、会場にて
コバケン×チェコ・フィルの「ブルックナー7番」CDを購入。
モーツァルトと私の因縁話はまだあるんだけど、これはまたの機会に(^^



ソプラノ:岩下晶子
メゾソプラノ:栗林朋子
テノール:高橋淳
バリトン:福島明也
合唱指揮:近藤惠子


「フェイクシティ ある男のルール」DVD

悪をやっつけるためには手段を選ばない一匹狼の刑事・ラドロー。
酒に溺れつつ、闇の仕事をもいとわず引き受けてきたが、考えの違いから袂を
分かつことになっていたかつての相棒を犯罪に巻き込み、亡くしてしまう。
しかし、その事件の裏には、もっと予想だにしない“巨悪”が潜んでいたのだ。
男のメンツをかけて、真の正義のために果敢に悪に立ち向かうキアヌ・リーブスの
ハードなクライムアクション。

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キアヌ・リーブスフォレスト・ウィテカー

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あちこちで評価高くて、☆5つとかついてる作品だけど、私としては
ある程度スジが読めてしまうことと、過激な犯罪シーンが多すぎること、
それに、世界の男前・キアヌのくたびれた汚れ役はあんまり見たくない
ということで、イマイチ没頭できず、☆3つ半くらい。
だって、キアヌがクールじゃなくて、なんかオヤジくさいんだもん。
もちろん演技としては素晴らしいのだけど、個人的にちょっと許せない(^^;

「バンテージ・ポイント」で、善良な小市民のおじさん役を好演していた
フォレスト・ウィテカーが、警察のキレモノの大物役で出ているけど、
この人は「いい人」が似合う人だと思うな。
二枚目好青年刑事役に「ファンタスティック・フォー」のクリス・エヴァンス。




♪どこか遠くへ

梅雨の晴れ間 爽やかな陽光
まぶしい生命の力が伸びやかにそこここにあふれる。
自分ではない自分の、もうひとつ別の人生を生きてみたい、
そんな旅情にかられる季節

 知らない街を 歩いてみたい どこか遠くへ 行きたい
 知らない海を ながめていたい どこか遠くへ 行きたい
 遠い街 遠い海 夢はるか 一人旅
 愛する人と めぐり逢いたい どこか遠くへ 行きたい

永六輔さん、話し方はヘンだけど、詞はいいなぁ。
どこということなしに、いつまでということなしに、どこかに行って
ぼんやりと気ままに生きてみたいな。

と言っても、弱虫の私、純粋な一人旅というのをしたことない(^^;


ランチ「花梨」H.グランコート&他人の空似

昨日のランチは金山、ホテルグランコート名古屋、29F中華料理「花梨」にて。
グランコートHとボストン美術館はビル続きなので。
ですが、熱心に会話しつつ(^^;パクパク食べてしまい、画像がありません(汗
カメラは持ってたんだけどぉーー>持ってるだけでは意味なし
メニューはこちらの、ウィークデーランチ(1,800円)

前菜3種
点心2種
A:冷やし坦々麺
B:シーフードカレー
トマトのスープ

坦々麺、文句なしのグッド。
シーフードカレーは、卵の炒飯にココナツミルクのシーフードのカレー味を
かけて食べる中華風。こちらも美味。
前菜のゴーヤの甘酢が、始めての味わいで意外なおいしさだった。
デザートは、杏仁豆腐とアーモンド粉の中華クッキー、ジャスミン茶。
おなかいっぱいナリ。カクテルもおいしかったでゴザイマス。

おじさま族、というか、シニア層が多い。ので、静かな落ち着いた雰囲気で、
お手ごろ価格でゆっくり味わえる。
金山は若者も多いけど(特に休日)、熟年層も多い。
この辺は名古屋の古い街並みを残しつつ、独特のムードがある。


で、ここで、学生時代の友人にそっくり!の人に会った。

食事をしていると、少し離れたテーブルにその人がいた。
Aちゃん似のその人は、スリムでしなやかな長身をカシュクールのワンピースに
包み、華やかな顔立ちも、お化粧の雰囲気も、髪型も、話す感じも、そっくり!
Aちゃんには昨年の秋にも会っているから間違うはずがない。

こちらを見ても気がつかない様子なので(=当たり前だ、別人だったのだから)
帰るときに挨拶していこうと席に近づくと、きょとん、としている。
「Aちゃん・・・ですよね?(内心:あれれ?)」と言っても、否定されるまで、
まだ私たちは本人だと思ってたほどに似てた!

世の中には自分とそっくりな他人が、少なくとも3人はいるらしい〈根拠は不明(^^;
大学時代に、私に似た他人の彼女がいた(らしい)
学部が違ったので、お山が別で、私は会ったことがなかったけど、友人たちの
遭遇情報(「妹さん?」とか)を何度か聞いた。
その人は、私よりも和風、とのことだったけど。

↑彼女はどうしてるかな。やはり、それなりにトシを経て、
おんなじように、私みたいに、変わったのだろうか?
なんか会ってみたい気がした昨日だった。


「ゴーギャン展」名古屋ボストン美術館

名古屋ボストン美術館「ゴーギャン展」 開館10周年記念展。
あの名作「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」を、
一目ホンモノを見ようという人で大混雑。
もっとも6/21までの最後の1週になってから行く私も悪いのだけど(^^;
 >もっと早く行けよ
だけど、絵は、出来れば静かな中で、人の頭なしで、ゆっくりと鑑賞したいもの。
不用意に発せられた個人的な感想の会話など、耳にしたくないもの、だよ。な。


もともとゴーギャンの絵が好きだ。
南の楽園を描きつつ、なんか悲しげ、寂しげ、
ちっとも楽しそうでないところが共感を呼ぶのだ。
楽園に来たものの仲間に入りきれなかった、そんな孤独感の漂うところが、
どうにも心誘われて、まだ純真な少女(^^だった頃から好きだった。

その名作は、思ってたよりも、もっとさらに大きくて、そして、もっと切なげだった。
真ん中の果物をもぐ少女の横にいる3人の女の乾いたまなざしが特に印象的。
ヤギ、ネコ、犬、子ども、みんな時の、一瞬の停滞の狭間に固められてしまった、
神様〈悪魔?)に心もフリーズさせられてしまった、そんな静かで重い圧倒感。

im_guide_02.jpg
この絵はゴーギャンの遺書。


普通のサラリーマンで、妻子がいて、日曜画家で、そんな暮らしに安住できず、
全部捨てて、絵を選び、パリを捨てて、妻子を捨てて、タヒチに渡り、
でも病苦と貧困に苦しみ、またフランスに戻り、でもまた楽園を目指して旅立ち、
そして、再び貧困と病苦の中に死んでいったゴーギャン。
壮絶な、抗うことのできない運命に、真摯に、短く生きた芸術家の一生。

今回、初期の、まったく印象派の作風である絵から始まり、
ゴッホに感化されるころから、絵がだんだん劇的に変わり、
そして、生涯得られぬ楽園を求めて彷徨したゴーギャンの生きた道程が、
ありありとわかる素晴らしい展示だった。

im_gallery_07.jpg
 「女性と白馬」

im_gallery_05.jpg
 「恋せよ、さらば幸福ならん」木彫




弱虫の介護の日記

うちは実父・義父はすでに亡くなり、実母と義母が存命である。
実母はまだ元気だし、自由と孤独を両天秤に一人暮らしを続けている。
義母は2年半前に、踏み台にした椅子から転び、大腿骨骨折、車椅子になった。

義母は家に帰りたがったが、車椅子では一人で暮らせない。
3人の子どもはそれぞれ家を出ており、誰かが実家に戻ることは現実的な
相談ではない。そこで、慌てて適切な施設を探すも、「どこも満員」は常識。
で、結局、実家近くの有料老人ホームに入ることに。
まだ出来て間がない新設ホームで、なんとか入り込むことが出来たのだ。

しかし有料老人ホームはお金がかかる。しかも、遠い。
そこで、子どもたちの近くの、公的なサービスのところに転所させたいと、
この春から活動を始めた。まずはK市内から、当たってくだけろをスタート。
ところが、どこも300人ほどの待機とのことで、とにかくかたっぱしから
申し込みをして、順番がまわってくるのを待つつもりで
毎週ホームめぐりをしていた。

ところが、某所に出向いた折、やはり300人余りが待機しておられるとの話の後、
「しかし、うちのサテライト施設で、4月にスタートしたばかりのホームがあり、
そこならまだ開いていますよ」とのこと。
なんてラッキー。その場でそちらにも申し込み。
すると、ほどなく、義母をつれて面接にくるように、との連絡あり。
で、面接の後、審査があり、そして、なんとなんと、入所が決定。

今度の施設は、「小規模生活単位型特別擁護老人ホーム」略して「小規模特養」
また「地域密着生活支援型」とか、もっと短く「新型」「新設」あるいは「ユニット型」
などと呼ばれるところだ。
在来型の特養が大規模施設で、プライバシー尊重等ではいささかいかがか?
との問題点から新しく派生したタイプである。
10人程度の各ユニットに分けて生活支援を行い、定員は30人未満という決まり、
すべて個室(トイレ付き)で、リビングがあり、寮生活のような感じ。
これならこれまでの有料老人ホームと生活レベルは変わらないし、
かつ、お金も10万円近くディスカウントできるようだ。


保育所の待機児童が社会問題となっているが、老人ホームの待機老人も大変な
問題である。以前、某大臣が「各家庭での家族介護が最も理想的な形だから」と
述べていたが、老人介護はゴールの見えない孤独な闘いだ。
子どもなら、いつかは大きくなって、それなりのゴールが見える。
しかも、小さくて軽く、持ち運びが出来る=いっしょに連れて行ける=拘束されない。
しかもしかも、愛らしく、その成長をモチベーションに転化できる。これは大きい。
老人介護はそうはいかない。オンブやダッコで連れて行くわけには行かないし、
大切な家族ではあるが、育てるかわいさ、というのとは異なる。

もちろん、家族で大切に介護しておられるご家庭がたくさんあることを知っている。
そういう方々には頭が下がる。けど、これは、私のキャパシティを越えていると思う。
「弱虫の介護」と書いたのは、こういう自分が「弱虫」であることを知りつつ、
自分を戒める気持ちと、自分を擁護する気持ちを混ぜこぜにして書いた。
運よく市内の施設に入れることになったのは、感謝、感謝。
一方で義母の気持ちは後回しになってしまったが、これも「弱虫論」で
納得してもらうしかない。
自分たちもやがて介護される側になる。必ずみな老いる。

えらいこっちゃなーとおもふ。



「女神記」 桐野夏生

「じょしんき」
表紙装丁はちょっと電車やバスの中で開くには憚られる妖しさ(^^;だが、
扉開きのデザインは黄泉の国のイメージで、クールでステキ。
表紙の絵にビビることはない。内容はぜんぜんエロくないからご安心を。

黄泉の国 ―― 充たされない思いで現世を去った魂の永遠にさまよう
濃密な量感の無限の空間世界、そこの女神・イザナミ、
そして女神に仕える巫女・ナマミの物語である。

女神記 (新・世界の神話)女神記 (新・世界の神話)
(2008/11/29)
桐野 夏生

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世界は常に相対するふたつのもので成り立っている。
明と暗、陽と陰、昼と夜、太陽と月、生と死、男と女、
ひとつでは足りない。ふたつあって、それが互いに惹かれることでこそ
新しいものを生み出す世界だ。この世界感が作品空間を形成している。

「あなにやし、えをとめを」
「あなにやし、えをとこを」
劇的に惹かれあい結ばれたイザナキとイザナミ。
しかしイザナキは死の穢れを怖れて、イザナミを裏切った。捨てた。
それで、イザナミは黄泉の国を司る女神となった。
空虚で苦しい思いの青い炎を揺らしながら、永遠にそこに君臨することになった。

イザナミが命を落としたのは、火の神の出産のためだ。
愛のために命を落とした女を捨てて、男は永遠の生命を司る男神となった。
明を生きる男と、陰に沈んだ女。
命を生み出す性であり、命の終りの決定権を持つ神にもなった女の宿命、
悲しみとか、恨みとか、そういう言葉では言い表すことのできない業の炎。

南の島の「陰の巫女」となる運命であったナマミもまた、愛する男の裏切りに
あって命を落とし、黄泉の国にやってきた。
この二人の「女の思い」がすごい。すさまじい。悲しくて、哀れで、
そしてかわいい。

ゴシップ的なすごい、ではなくて、シミジミとじーんと感銘を受ける重さ。
桐野さんはいつも女のすごさ、女という性のタフさをテーマに描かれるが、
特にそのテーマの完成度が高い作品。
この前の「東京島」はややなまちょっろい感じがあったが、これで不動の
実力を見せつけた感がある。

通常の神話ではない。愛の物語だから、そのつもりで。
愛に目覚め、生の空しさ、自分だけが生き続けることの無意味さを知った
イザナキが哀れで、かわいそうで、「もういいよ」と全部許してやりたくなる。
そう思うのは、やっぱり女は男に甘いんだなぁ・・・と思ったり。



「秋月記」 葉室麟

筑前秋月藩士、間余楽斎(はざまよらくさい)の人生を描く感動の時代小説。
「あきづきき」と読みます。


物語は59歳の余楽斎が流罪になるところから始まる。
いわゆる政権クーデターの策略失敗っていう罪をかぶったのだ。

余楽斎はまだ「吉田小四郎」であった幼年時代を回顧する。
6才の小四郎は、生来のたいへんな怖がりで、すべてがこわかった。
その日も犬に襲われそうになった妹を助けられず、逃げてしまった。
翌日小四郎は当時前衛的な治療法であった種痘を受けたが、
恐怖心から熱を出した妹は受けられなかった。
そして小四郎は疱瘡にかからず済んだが、妹は罹患し、あっけなく
世を去った。

小四郎は心に決めた。
大切なものは自分で守らなければ、なくなってしまう。
逃げない人になろうと。

秋月記秋月記
(2009/01/26)
葉室 麟

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やがて文武両道に秀でた優秀な若者と成長した小四郎は、格上の間家の
跡取り養子に請われ、そして、困難な藩政の世界に乗り出していく。
いつの時代も、政界は複雑で、正道と私利私欲が混ざり合い、
悪と思われるものが必ずしも悪ならず、必ず正が存在するとも限らない。
陰謀が渦巻き、策略が行きかい、強い心の人でなければ、すぐに
飲み込まれ、流されてしまう。
若き日の友情も、やがて各々の立場や主義からもろく崩れ去ることもあり、
自分ひとりだけが唯一頼れるものであるのかもしれない。
信じる道の前には、時には我を捨て駒として、あえて悪の道を歩むことも
また必要であるかもしれない。

そんな中「逃げない正義の人」であろうと人生を貫いた小四郎の
生き様は、知る人ぞ知るものとなリ、後世の感動を呼ぶ。

昨今、こういう生き方はもうすたれてしまったのかもしれない。

イマドキの閣僚、官僚のみなさん、いかがでしょう?

というか、私たちもどうなんでしょうね。
信じるもの、愛するものの前では、「逃げない」でいたいと願うものです。


葉室さんの、冷静な視点、自分の作品世界に溺れない乾いた筆致が
すばらしい、読み応えある作品。
どちらかと言えば「男の小説」だけど、時代小説好きには必読書。


「インファナル・アフェア」DVD

ハリウッドでリメイクされた「ディパーテッド」のオリジナル作品。
マフィアに潜入した警察官・ヤンと、警察に潜入したマフィア・ラウの人生を
描いた三部作。

 「運命は人を変えるが、
 人は運命を変えられない」


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「ディパーテッド」もよかったが、個人的にはこちらの方が見ごたえがあった。
アジア的なリアリズムと人間くささ、哀愁が漂う大作である。
ヤンを演じるトニー・レオンとラウを演じるアンディ・ラウ、ともに素晴らしく、
他の出演者たちも非常に優れた演技で、作品世界に深くひき込み、離さない。
ただのマフィアと警察の攻防・対立のアクション映画に終わらない、
哲学的・文学的な深い内容の作品になっている。

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(2004/02/18)
アラン・マックアンドリュー・ラウ

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Ⅱでは、ヤンとラウの18歳のときに戻り、
マフィアのボスの血を継ぎながらも、正しく生きたいと強く願ったヤンの人生の
悲哀と悲劇がヒシヒシと胸を打つ。
また、兄貴分のサムの女を愛しつつ、かなえらず、救えなかったラウの苦しみ。
ふたりの人生の運命的な岐路が、やるせない重みを持って、観る者の前に
大きくクローズアップされてくる。

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Ⅲではさらに、マフィアでありながら、正義でありたいと希求するようになった
ヤンのその後の生き様が、エリート警察官・ヨンとの対比の中で描かれる。
誰が悪者なのか、ウソを演じているのは誰なのか?という
サスペンスとしてのおもしろさは言うまでもないが、
ボスとなったサム、フィクサー的存在のウォン警視の生き方、
その他のすべての人物の人生が、その人の数だけの重みを持って提示され、
深く鋭く描かれているところが素晴らしい。

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「運命は人を変えるが、人は運命を変えられない」
これは作品最後に出る言葉だが、実にシミジミと納得させられる内容だ。
評価の高さもなるほどと唸らされる三部作。

 アンドリュー・ラウ、アラン・マック 監督

「テンペスト」池上永一

だいぶん前に読んだのだけどまだ書いてなかった。
確か本屋大賞にもノミネートされてた作品。
19世紀末の沖縄を舞台に、ある少女の数奇な人生を描く。

幕末日本(薩摩)と清国の二重支配下にありながら、卓越した知力と
高邁な自尊心と独立心で君臨する琉球王国。
そこに、龍の命を受けたある女の子が生まれる。
その子は実は前王朝の血筋を受け継ぐ娘である。
類稀なる美貌と、卓越した頭脳を持つ少女は、「宦官」であると偽って男装、
王朝の政治の世界に足を踏み込み、活躍する。

テンペスト  上 若夏の巻テンペスト 上 若夏の巻
(2008/08/28)
池上 永一

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男としての寧温(ネイオン)の顔、女としての真鶴の顔、二つの顔の狭間で
揺れ動く少女の思い。
薩摩藩士の雅博との恋、ともに神童として王朝で活躍する朝薫(チョウクン)の
切なき想い、妹を守ろうと活躍する美形の兄・嗣勇、下巻で親友となる真美那、
その他、悪いヤツもいいヤツも、親切も意地悪も、オールスターでひっくるめて
怒涛の歴史のときを駆け抜けるジェットコースターストーリー。

これは人生を考えたり、心をシミジミと味わったり・・・というのではなくて、
どちらかと言うと韓流ドラマのような、あわわわわ~~~~!と
話の筋のおもしろさを味わう、「純・読み物」である。
だから、上下巻のボリュームはかなりのものだが、一気に読める。
沖縄独特の言葉や単語、発音に慣れるまで少しかかるけど、まあ、
読書は自分ひとりの時間だから、誰に聞かせる朗読でもなし、
気にしなければよしだ。

テンペスト 下 花風の巻テンペスト 下 花風の巻
(2008/08/28)
池上 永一

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壮大にして詳細、勇壮にしてチマチマ、←(^^;楽しみつつ読める娯楽大作。
装丁もとても美しい。
扉裏の挿絵も美しく、イメージとしてはFF的ゲーム風の美男美女の勢ぞろい。
お断りしておくが、大人の物語だから。R15で、あしからず(^^




METライブビューイング「ラ・チェネレントラ」

メトロポリタン歌劇場のオペラ公演を映画で堪能するMETライブビューイング、
今タームのラストプログラム、ロッシーニ「ラ・チェネレントラ」を観た。
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「シンデレラ」を原作にしたオペラ・ブッファ、
はちゃめちゃドタバタ大笑いの喜劇で、とても楽しい♪

チェレントラは落ちぶれ男爵である義父のおんボロ屋敷で、ふたりの姉に
こき使われて暮らしている。
そこに、花嫁探しの王子が、娘たちを舞踏会に招待するために現れる。
従者に変装した王子と、みすぼらしい下女姿のチェネレントラは
互いに一目で恋に落ちるが・・・はたして・・・というお話(^^

チェネレントラ役は、エリーナ・ガランチャ。
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(サイトより:当日衣装・化粧ともこれとは違いました)
美しく、可憐で、歌唱力も素晴らしく、喜劇にもよくなじみ、言うことなし。

おブスに徹したふたりの姉、ずっこけ役の老男爵と、王子に変装した従者、
乞食の変装の哲学者など、全員が真剣にお笑いに徹し、全編超愉快(^0^
早口言葉風の歌の掛け合いも聴き応えがあり、素晴らしい!

やはり、オペラは、ただ歌唱力がぬきんでているだけではだめで、
演技者であることの実力も問われるものだと痛感した。
プラスして、役柄にふさわしいルックスも重要で、
それなりの美しさとか、清らかさとか、あるいはまた、重厚さとか、冷酷さとか、
そういうものを表現できる「見た目」であることも必要不可欠なのである。

いうまでもないが、お肉のたるんだサロメは見たくないし、
おなかのでっぱったオルフェオもいただけない、というわけだ。


チェネレントラにおいても、やはり王子は、従者に変装していても、
覆い隠すことのできない気品とか、そういう「王子オーラ」が出ていなくては
ならないと思う。
今回の王子さまは、従者の格好をしていると、従者に見えてしまった。
人種に関してはまったくこだわらないが、そこがもうひとつ物足りない感じ。
声の質も、王子系ではあるが、パワーや煌きが、いまひとつ。
きっと他の役で出てたら、「素晴らしい!」と思わせる力のある人なのだろうけど、
やはり、女子は、「王子」には、それなりの「過剰な期待」があるわけでね(^^;


ロッシーニ「ラ・チェネレントラ」、MET09年5/9上演。
 エリーナ・ガランチャ : チェレントラ(アンジェリーナ)
 ローレンス・ブラウンリー : 王子 ドン・ラミーロ
 シモーネ・アルベルギーニ : 従者 ダンディーニ
 アレッサンドロ・コルベッリ : 義父 ドン・マニフィコ
 ジョン・レリエ : 師(乞食) アリドーロ
 マウリツィオ・ベニーニ :指揮
 チェーザレ・リエーヴィ :演出
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